フロムさんの大きなお世話~コミュニティFM編

コミュニティFMについてラジオプロデューサー、フロムさんが色々語っています。

ラジオとイノベーション

コミュニティFM編に書き込むのは2ヶ月ぶりです。
今も、検索からこちらのブログまで来ていただいてる方多いみたいですね。
コミュニティFM業界にも様々な動きがあるようで、前のようにフォローできないのが残念ではありますが。
しかし、思ったほどコミュニティFMを専門にするサイト増えませんね。
ブログをやっている方も、あまり材料がないのか情報が続かないみたいです。
交通整理的な役割を本ブログでもう一度始めるべきかなと思うのですが、今はプロデューサー逍遥記で本質的なラジオ論を展開していて、ちょっと縁遠くなっています。


今は、ラジオとイノベーションという角度からラジオの生きる道を提起してみたいと思っています。
コミュニティFMにも全く関係のない話ではないので、おヒマな時にアクセスしてみてください。


コミュニティFMが生まれた要因というのは、何だったのかなと考えています。
電波をより多くの人に開放しようという気運の中から始まったように覚えているのですが、どうだったでしょう。
ミュージックバードを初めとするCS-PCM放送が始まったのと、ほぼ同時期でした。
いわゆる多チャンネル放送の始まりとともに、狭い地域を対象とする放送を認可していったのです。
多チャンネルというのは、確実にイノベーションを引き起こしましたが、その中で生まれては消えていった放送も多かったことを否定する人はいないでしょう。


紆余曲折を経て残っている放送は、BS衛星放送、そしてCATVと繋がることによって命運を保つことができたCS衛星放送。
地上波がデジタル化することによって、これらの放送も少しずつ同じラインまで引きあがってきたという印象です。


その分、音声放送、いわゆるラジオ放送はマーケットを侵食され始めています。
ラジオの売上は、昨年度比90〜95%というのが一般的傾向のようです。
先日発表された電通のレポートでは、2011年のラジオ広告費は、1,247億円、前年比96.0%。


コミュニティ放送(253局)は、厳しい社会情勢にもかかわらず、広告費はほぼ前年並みとなった。年前半は震災の影響で広告・イベントの中止・縮小が相次いだため減少したが、後半には復興支援広告などもあって回復した。」という報告もありました。
ほぼ前年並みを評価して良いのかどうか、私には判然としません。


私は今のラジオに新しいイノベーションは起こるのかを考えています。
インターネットラジオサイマル放送)も増えてきていますが、イノベーションを起こすところまではいっていません。
radikoも、ビジネスには程遠く、地上波デジタルラジオは、果たしてスタートできるのかという印象さえもちます。
そんなの金の無駄遣いという現場の声をこれからどうしていくのでしょうか。
もちろん、イノベーションを起こすことができれば、ラジオ業界はまた活気を取り戻すことでしょう。
要は、そんな材料があるのかどうか。


コミュニティFMは、もはや商業的自立はありえません。
その社会的意義をさらに各局が広報していただくことによって、自治体や篤志家の援助を引き込むことが基本でしょう。
NPOによるコミュニティFMが次々誕生しているのも、それを受けやすくする地域住民の知恵と言えるのかもしれません。


3月も半ばをすぎましたが、いまだ寒い日々が続きます。
災害FMで活躍されている皆さんも、復興の日までお体大切にと願わずにはおれません。

寒中お見舞い申し上げます

いつのまにか、2012年も2週間過ぎてしまいました。
皆さん、有意義な新年を過ごされておられるでしょうか。
年明けから、インフルエンザにかかって大変でしたという声、今年は多いですね。
だれにとっても、いい年なんかありえないと思いますが、昨年のようなとんでもない災害の年にだけはならないでほしいと願っております。
その影響というのでしょうか、最近コミュニティFMが再評価され新たに開局という話、よく聞きますね。
最初から利益を出そうとか、トントンでいいんだとさえ言わなければコミュニティFMは面白い試みだと思います。
税金を多少使っても、コミュニティFMを作る価値はあります。
そこから毎日情報が流れれば、地域の発展に多少とも寄与するはずですから。
とにかく、利益を出せ!はやめましょう。
皆でお金を出して、その範囲で放送を維持しましょう。
早い話、図書館みたいなものだと思えばいいのです。
そこまでの価値はないというコミュニティFMがあるなら、それぐらいの価値になるよう皆さんで努力してください。
儲からないといけないと思うから、今のような中途半端な状態になるのです。
ということで、2012年、コミュニティFM関係者の皆様、これから開局を考えておられる皆様、本年もなにとぞよろしくということで、寒中お見舞い申し上げます。

器〜プロデューサー論

今年もあと10日あまり。
何か、色々な厄介なことが次々と起こった2011年も、あと少しで終わる。
年改まり、また一から出直す、そんな気分で2012年を迎えたい。
心からそう願う。
さて、もう一つのブログに、ちょっとしたプロデューサー論を書いた。
コミュニティFMにも関係のない話ではないと思い、こちらにも載せてみることにした。
ご意見など、またメールでいただければ幸いである。


大器晩成という言葉がある。
広辞苑によれば「鐘や鼎(かなえ)のような大きな器は簡単には出来上がらない。人も、大人物は才能の表れるのはおそいが、徐々に大成するものである。」とある。
学校教育でよく先生が言った言葉でもある。
おまえは、今はダメだが、将来大きな人物になるよというのだ。
「このクラスは大器晩成型だな。」と慰めるように言う教師もいた。
早い話、みんな大したことなかったと言っているわけだ、傷つかないように。


そういえば、私も何度かそう言われたな。
結局、大器でなかったのか、晩成もせずじまいだったが。


そういえば、人を器という言葉で表現することがある。
あの人は器が大きいとか、器が小さいとか。
器=許容量ということだろうか。
人を許せたり、人に対して寛容であったり、小さいことにこだわらず、何があっても動揺しない、そういう人柄を器の大きい人と言うようだ。
器の小さい人は、その逆ということになる。
世の中、どちらが多いかというと、圧倒的に器の小さい人。
大きい器を持った人など、なかなか出会えるものではない。
私が社会人として育ったFM大阪の先輩や同僚、後輩の中に、この人は本当に器が大きいなと思った人は一人もいない。
そこそこの人格者でも、例えば自分が不利になりそうな場合、責任をうまく他人に押し付けたりしていた。
所詮、サラリーマンなんだなとその時思った。
ふだん言っていた聖人君子の道はどこへ行ったんだと、ため息をつく私だった。


放送局に、器の大きい人なんかいない?
そんなことはないと思う、でも、大変貴重な存在のはず。
むやみに大きくなくてもいいから、そこそこの器であってほしいと思うことはよくある。
特に私のようなプロデューサー的立場の人。
とにかく、プロデューサーは人に寛容であってほしいし、人を許す度量をもってほしい。
タレントにしても、ディレクターにしても、スタッフにしても、人は誰でも何らかの間違いをするものだ。
その間違いを常に監視し、見つけ次第注意するなどということをやっていたら、人は間違いを恐れて冒険をしなくなる。
つまり、楽なやり方で、その場その場を取り繕ってしまうのだ。
そんなところから、本当の面白さは生まれるだろうか。
新しい方法論は生まれるだろうか。
間違ってもいいから、自由にやればいい、何かあれば私がその責任を持つ。
プロデューサーなら、これぐらいのことを言わないといけない。
それが言えないのは、結局プロデューサーも間違うのを恐れ、一番簡単なやり方でその場を取り繕ってしまうからだ。


どんな誤謬も許さない、政治の世界でも最近目立つのが気になる。
この国はいつから共産圏の国家になったのか。
死の町という言葉を許さないし、ちょっとした言い間違いを許さないし、わかりやすくするために使った比喩さえ、それはこういう意味にとれると言って非難する。
そんなこと言っていたら、わかりやすい言葉を政治家はますます使わなくなるぞ。
今の官僚言葉が典型だろう、確かに後から突っ込まれることもないかわりに、実際に何言っているのかわからなくなる。
民に伝わらない言葉を駆使すれば、彼らの権力はいつまでも担保される、そんなことでいいのだろうか。


話がそれてしまった。
プロデューサーは、できるだけ器を大きくもてるよう日々精進しないといけない。
スタッフの責任を追及するのではなく、いつでもその責任を肩代わりできるよう、状況の把握に努めなければならない。
ガミガミと怒ってみても、相手が萎縮するだけなら、適当に切り上げないといけないし、つまらないことを根にもってはいけない。
目的は何か、それをいつも正しく示すこと、そしてそれが認識されているのがわかれば、手段を間違えても詮索しないことだ。
多少の脱線は許すべきだし、また違った方向が一つの進化の道をたどることもよくあることだ。
こうでなければならないと言ってしまえば、プロデューサーの負けだ。
抽象的かもしれないが、私はいつもそう思っている。

「プロデューサーって何?」〜ディレクター論

「プロデューサーって何?」で、ディレクター論を少し書いた。
参考になればと思い、こちらにも転載したい。
しばらくプロデューサー論を書いているが、自分の中の矛盾に日々つきあたっている。
その向こうに何があるか、神のみぞ知るというか、誰もわからんというか・・・。


放送局では、一つの出世コースとしてディレクター⇒プロデューサーというのがあった。
ディレクターを何年間か勤めれば、次にプロデューサーとなって後進を指導するみたいな話だった。
私としては、何か変な話だった。
例えば、映画の世界ではディレクターは監督である。
現場の最高責任者というか、その人の指示一つで、映画のすべてが決まるといわれている。
監督を何年か勤めれば、プロデューサー(制作)になるわけではない。
もちろんそういう例は珍しくはないが、名監督は結局どこまでも名監督であり、名プロデューサーとは言われない。


舞台の世界では、ディレクターは演出家である。
これも演出を何年かやればプロデューサーにという話ではない。
劇団四季浅利慶太氏の例はあるが、演出家は一生演出家であると考えてよいだろう。
放送局だけが、何故にディレクターを勤めていたものが、ある年齢になればプロデューサーにならないといけないのだろう。


ディレクターは、番組を作る時は精神的な集中力が要求される。
今の時間をすべて番組を完成させることに使われる、それゆえその後の疲労度は激しい。
プロデューサーは、番組の制作が始まれば、ある意味邪魔者である。
ディレクターに指示することなど、基本的にやるべきではない。
ディレクターの集中心を邪魔しないよう、その環境を守ることに力を注ぐべきだ。


最高に能力を発揮できる場を維持するのが、プロデューサーの役割だ。
それはディレクターだけではなく、出演者も、スタッフも、また関係する全ての人々も安心して集中できる環境を作ること。
そんな環境をかき乱すような、愚かしい指示をするプロデューサーもいる。
特に若い、なんちゃってプロデューサーによく見られることだ。
プロデューサーは、野球でいえばキャッチャーみたいなものだ。
全体がうまく配置され、安心して守備できるようにコーディネイトする才覚が要求される。


プロデューサーがピッチャーになってどうする?
プロデューサーが、口うるさいコーチになってどうする?
そんな現場のことに一々口をはさむなら、プロデューサーなんかやらないで、ディレクターになれ。
ディレクターより、自分のほうが能力があるとでも思っているのか。
プロデューサーが戦うフィールドは、そんな場所ではない。


すべての関係者が最大の力を発揮できる環境を作る、それができなければプロデューサーなんて名前を自分につけるな。
ディレクターの延長にプロデューサーがいるのではない。
それを繰り返し私は主張しておきたい。

プロデューサーって何?

いつのまにか11月になってしまいましたね。
神田川沿いの道には枯葉が目立つ季節がやってきました。
ラジオ業界は、ますます苦しい時代になっています。
コミュニティFMの皆さんはいかがですか?

さて、プロデューサー逍遥記に書いたことをこちらにも転載します。
コミュニティFMにプロデューサーという役職の人はあまりいないでしょうが、参考にはなると思います。
二回目以降は、本編の方でお読みください。


プロデューサーって何?(第一回)
ある程度の年齢になると、何でもかんでも自分がするというわけにはいかなくなる。
年齢に応じた格というか、ステータスが背中から見えるようになるわけで、その人が格下の仕事をすると色々と余計な摩擦が生まれるのだ。
そのあたりは、あまりくだくだしくは書かない。
ただ、私をはじめとする初老のプロデューサーは、誰でも感じることではないかと思う。


放送業界で、ステータス的にいえば、プロデューサーはディレクターより格上である。
つまり、ディレクターは部下ということになり、基本的にプロデューサーは指示監督できる立場ということになる。
その結果、放送局では、プロデューサーを管理職扱いしたりするようになる。
プロデューサーが役職扱いされると、放送局内ではろくなことがない。
プロデューサーの素養もないのに、名前だけプロデューサーが続出することになる。
プロデューサーの素養って、何?と言われるかもしれない。
簡単に列挙してみると。


1.作品(番組)のグランドデザインが描けること
2.全体の費用の概算が把握できること
3.作品(番組)の費用を調達できること
4.作品(番組)に必要な人材を調達できること
5.できあがった作品(番組)を的確に評価できること


もちろん、他にも色々あるが、これからプロデューサーになろうと言う人は、どこかで覚えておいても損はないだろう。
名前だけプロデューサーは、これらがどれも中途半端になるのだ。


例えば、1のグランドデザインなんか、大の苦手だろう。
人の管理や組織の管理を考えていても、グランドデザインなんか描けない。
今一番人気の企画は何か、どこでどういう企画が進んでいるか、とにかくクリエイティブな世界との親和性がなければ話にならないのがプロデューサーなのだ。
仕方がないので、何ちゃってプロデューサーは、誰かに企画を丸投げする。
後は、それを評価するだけ。(といっても評価なんて本質的にできるわけもないが)
費用なんて、何がどれだけの価値かわからない、で、丸投げ相手に予算も丸投げ。
費用の調達なんて、できるはずもない。
上から言われた予算つきの仕事しかできない、あるいは営業さんにおんぶにだっこ。
必要な人材のデータベースを持っていない。
で、つきあう相手はいつも同じ人。
放送局には、いつのまにか、こういうタイプの管理型プロデューサーが多数派になった。
そりゃ、面白い番組企画なんか、ラジオからは生まれないのは当たり前だ。


などと書いていると、だんだんイライラしてきた。
この話、しばらく続けることにする。

はや10月〜

コミュニティFM編とタイトルをつけてブログを書くことをあまりしなくなり、いつのまにか2011年10月になりました。
NACK5の深夜番組で現場復帰したものの、6月から体調の異変に襲われ、それからずっとリハビリに専念する毎日でした。
励行することは、ラジオを聴きながら歩くこと。
聴くのは専らNHKのラジオ講座でした。
昨年の10月から始めたハングル講座、それにチャロ2他の英語講座。
自分から情報発信することは不自由でも、情報を受け取ることは辛うじてできました。
さて、その結果、ハングルも英語もペラペラになったか。
ま、なりませんわね、そんなに簡単ならこれだけ語学教室が繁盛するわけもありません。
でも、歩きながらラジオ講座を聴くというのは、いいですよ。
外の風景とラジオで流れる言葉が条件づけられるんです。
つまり、その場所を歩いていると、自然とその時のラジオの内容が思い出されるのです。
だから、言葉を忘れた時、その場所を思い出せば、フレーズも一緒によみがえるのです。
家にいてラジオに向かっていても、その条件づけはできません。
ラジオで勉強している皆さん、部屋にこもって勉強するだけでなく、たまには外で聞いてみるのもいいものですよ、老婆心ながら。


この間、コミュニティFMについての情報はほとんど入ってきませんでした。
私が取材できる状況ではないので、知ることはネットからのみ。
ネットにあることは、もはや私が語ることでもありません。
コミュニティFM業界で、私が一番信頼し頼りにしていた方は、昨年惜しまれつつ亡くなられました。
田口昭南さん、前のエフエム宝塚の社長をされていました。
元ラジオ関西、ラジオ業界の先輩でもありました。
コミュニティFM協議会の監事もされておられ、貴重なご意見や情報をお聞かせいただき、参考にさせていただいたものです。
手術後、身体的にも大変だったにもかかわらず、コミュニティFM業界のために奮闘されておられました。
それと比べれば、私の体調不良なんか、まだマシなものだったかもしれません。


私の体調、まだ違和感は残るものの、一時期の明日を考えられないような状況からは何とか脱することができるようになりました。
まだ色んな所へ出て行って、人と情報を活発に交換するということはできませんが、自分の考えを発信することはできそうなので、先日から始めたのが既にご紹介させていただいた「フロムさんの大きなお世話〜プロデューサー逍遥記」です。
そこにも書いてある通り、
「言いたいことは一杯あっても、口に出せないことだらけ。
せめてはその一部でも書き残そうと試しに作ったブログ。」
という位置づけで、自分のプロデューサー生活をまとめている次第です。
コミュニティFMのことについても、関係者と会うことが出来た時には書いていくつもりですが、その時は本ブログにも同時にアップする予定です。
今後ともよろしくお願いします。

恐惶謹言

〜プロデューサー逍遥記

「フロムさんの大きなお世話〜プロデューサー逍遥記」をFC2ブログで始めました。
こちらは私の30年あまりのクリエイティブな世界で仕事をしてきた経験談がメインで、できるだけ毎日書き続けようと思っております。
コミュニティFM関係者の皆様にも、何か参考になることがあるはずです。
お時間がありましたら、立ち寄ってやってください。


http://from3.blog.fc2.com/