フロムさんの大きなお世話~コミュニティFM編

コミュニティFMについてラジオプロデューサー、フロムさんが色々語っています。

コミュニティFM論・4

2002年の頃の私のコミュニティFM論を採録している。
今ほど整理されてはいないが、言葉そのものは力強いなと思っている。
今日は、番組の作り方に対する指南みたいなものが書かれたものを紹介する。


番組を作るということに、どういうイメージを持っておられるだろうか。
最初は、お手本があってそれをなぞるところから始まる。
そのうち、習熟すると自分の個性が入るようになり、自分にしかできない番組が作れるようになる。
ざっくり言うと、そんなところか。
お手本をどこに求めるかというと、多分、既成のラジオ番組になるだろう。
だから、コミュニティFMって、ほとんど県域FM(特に東京とか)の真似から入ることになる。
どうやって東京のFM局のようなかっこいい番組を作れるか、それを目標にしているスタッフがほとんどだろうと思う。
とはいえ、東京制作だからといって、とても手本にはならないだろうという番組も多い。
新人アーチストのDJ番組なんて、レコード会社がスポンサーとなっているから成立している。
制作費も最低限しかないのが普通だから、腕のいいディレクターが絡んでいない限り、ほとんどやっつけ的な仕上がりにならざるをえない。
どうせ、何ヶ月かしたら番組は終わるんだ。スタジオ代も高いし、本人のスケジュールもタイト。
だから、何があろうと、時間どおりにどんどん作る。
面白い構成を新たに考えるなどしないし、余計な仕掛けもはさまない。
粗製濫造の工場よろしく、今日も大量に番組は作り出されていくのが日常なのである。
これを手本にするなんて、コミュニティFMであってもあまり好ましくないと思うのだ。
よく、番組の作り方とか、ディレクターの心得みたいなものが活字になったりしているが、そんなもの読んだぐらいでまともな番組は作れない。
鉄棒の大車輪のやり方を書いてあっても、それで大車輪ができるわけでもないのと同じだ。
番組作りは、場との戦いであり、人との戦いであり、時間との戦いである。
そして、最後にあるのは自分との戦い。
これらの戦いを通じて、瞬時に状況を判断する能力が開発される。
番組を作るということは、この能力開発をおろそかにしないということでもあるのだ。
コミュニティFMも、できれば大車輪ぐらいやれるようになってほしい、そんな願いがこめられている発言だと思う。
日々戦場に赴く緊張感というか、使命感というか、そのあたりの気持ちを大切にしてほしいと若いスタッフの人たちに声をかけたい。
自分の心のテンションをどこまで上げていられるか、持続することができるか。
周りの人は、せっかくの貴方のテンションを、心無い言葉で簡単に下げてしまいかねないのが普通だろう。
それに流されては終わりである。
抗う力を中に持つものは、オーラとなって気を外に発するものなのだ。
何か北斗の拳みたいな話になるが、番組制作も又、そういう気の戦いであることは確かだと私は思っている。