フロムさんの大きなお世話~コミュニティFM編

コミュニティFMについてラジオプロデューサー、フロムさんが色々語っています。

ボランティア4

ボランティアに依存する商業放送というのは自己矛盾ではないか、10年前に私が疑問に思ったことである。


皆さん、苦労されているようですね。
私、昔、放送局で働いていたことがあります。
無給でいいので、手伝わせて下さい。
放送のイロハはわかっているので、大丈夫です。
そのかわり、儲かるようになったら、タバコ銭ぐらいは下さいね。


こういう申し出をして下さる人をボランティアというのなら、納得できなくもないのだが、どうも実体は違っていた。
放送局という環境に興味があって、自分も番組を作りたい、番組に出たいという人は確かに何万人とおられるだろう。
そういう願望を持っている人をボランティアと称してコミュニティFMに集め、安い労働力(というか費用ゼロだが)として活用しようというのが局側の思惑だったのかもしれない。
放送に出させてやる、ありがたく思え、なんてニュアンスを持ったスタッフもいたのは事実だ。
放送局に出入りできる、出演できる、それが十分インセンティブではないかと言う人もいる。
しかし、メジャーな放送局ならまだしも、コミュニティFMクラスの規模では、そんなインセンティブは働かなかったのではと思わないでもない。
コミュニティFMといっても、県域局にひけをとらないぐらいの設備を持つところもある。
マイナーな地域放送と思われるのは心外なんて思われるコミュニティFMの方もおられるだろう。
だが、人々の意識の中では、その間には厳然と差はあるのではないかと私は思う。
自分の予期した以上の反応が帰ってくるかどうか、そこに無給のスタッフのインセンティブが隠れているような気がする。
放送しても何の反応もないのは、何故なのか?
ボランティアのインセンティブを維持するためには、とにかく地域の人がコミュニティFMを聞くということが前提になる。
その努力をコミュニティFMの社員スタッフがどれだけやっているのだろうか。
ボランティアはそれも見ているのだろう。
まさか、ボランティアに、もっと数字をとれるような番組を作れというわけにもいくまい。
ボランティアは、自分の貴重な時間をさき、自分の費用で番組素材を集めたりしてくれているとすると、それに対するコミュニティFM側の態度は、感謝でなければならないだろう。
果たして、そういう関係は成立しているのだろうか。
何か違うような気がするのは私一人ではないと思うのだが。