フロムさんの大きなお世話~コミュニティFM編

コミュニティFMについてラジオプロデューサー、フロムさんが色々語っています。

職人の嘆き

内田幹樹さんの「拒絶空港」(2006年原書房刊)を読んで考えてしまったことを、少し書いてみることにした。
というわけで、昨日分の書き込みもそのままにしておく。


小説のストーリーを原書房の紹介文を使って説明したい。


離陸時にタイヤがバーストしたパリ発成田のボーイング機は、胴体着陸の可能性とともに日本へ向かっていた。そこへパリから衝撃的な情報が入った。「ド・ゴール空港閉鎖、機内に放射性物質が運び込まれたらしい」胴体着陸に失敗して火を噴けば、「死の灰」を撒き散らすことになる。「地上は俺達を見殺しにするのか!もうどこにも降ろせない!」絶体絶命の状況に飛び出した究極の手段とは。
いわゆる航空パニック小説である。
飛行機の中は究極の場である。
一度飛び上がれば、完全な密室。
何があっても、もはや逃げられない。
映画にすると、観客も同じような閉塞感にとらわれて、ハラハラドキドキしたりする作品になる。
古くは「大空港」や「エアポート75」、最近では「エアフォースワン」とか「ランゴリアーズ」などがある。
こういう逃げられない場で陥った、危機的状況を脱する裁量を持てるかどうかで、人間の価値が計れるのかもしれない。
「拒絶空港」では、ベテランで沈着冷静な機長がイザというときに頼りになる人間として描かれている。
それと、整備を担当する地上係員、いわゆる職人的な技量を持つ担当主任が本質を外さない対応を見せている。
それに比べて、いわゆるエリート管理者の動きはいただけない。
組織を冷徹にハンドリングするにあたっては、それでもいいのかもしれないが、そこにあるのは計算だけであり、本質的な解決能力が感じられなかったりする。
特に、パニック的状況にあっては、頭で考えようとするエリートはほとんど何の役にも立たない。
場数を踏んだ職人の長い間に身体に覚えこませた知識、判断こそが有益だったりするのである。
危機に対応できるのは、脳知ではない、身体知だと私は思うのだ。
身体知を持つものは強い。
考える前に身体が動く。
真実を見極める勘が瞬時に働く。
本来、組織が大事にしないといけないのは、こういった身体知を持つ職人達だろうと私は思う。
だが、組織の中枢に昇るのは、えてして脳知に優れたエリート層である。
そして、彼らは効率の名の下に、身体知を持つ職人達を権力から外す。
はたしてこれで、本当にリスクに耐えられる組織になるのだろうか。
最近の放送局も、何となくそんな方向へ向かっているような気がする。
扱いにくい職人を現場から外し、効率的に番組を制作できるものを重用する。
放送の本質を知るものは減り、アバウトな最大公約数的制作現場が跋扈することになる。
これが、本当にリスナーが望んでいる番組だろうか?
そんな疑問が、何度も私の頭の中をぐるぐる回る。


今も昔も 変わらないはずなのに
何故 こんなに遠い
本当のことを 言ってください
これが 僕らの道なのか
五つの赤い風船「これが僕らの道なのか」より)


明日も、この話を書く。