DJ経験
20代の頃、3年間ほどDJをしたことがある。
業務命令というか、制作担当になった以上DJをすることは社員の義務だみたいに言われたからだ。
朝の2時間半のワイド番組。
自分で選曲し、構成し、コメントなども自分で考えた。
マイクの向こうはどんな顔?
この時間、ラジオを聞いてくれている人はどんな人だろう。
何をしながら聞いている?
私の話は、邪魔にならない?
モアミュージック、レストーク。
昔のFM局のコンセプトの一つだ。
だから余計なしゃべりはあまり入れず、最小限の情報だけを手短に紹介していた。
あまり、自己主張も入れず、自分はこんな意見を持っていますということも極力言わなかった。
レーティングはそれほど悪くはなかったが、話題を呼ぶこともなし。
本当にこんな放送でいいのかと自問自答しながら毎回務めていた。
3年後、もうお前はしゃべらなくていいといわれ、ディレクター中心の業務になった。
正直、ほっとした。
どう考えても自分はしゃべりで人を喜ばせるタイプじゃない。
声もそんなに魅力的じゃないし、話し方も人を癒せるそれじゃない。
おれがプロデューサーなら、絶対に私をDJに選ばないだろう。
失格ではないが、適任ではないという判断だ。
この判断は重要だと思う。
コミュニティFMでも、編成責任者は常にその意識を持たないといけないと私は思う。
失格ではないが、適任ではないというしゃべり手を使い続けることは、結局将来プラスにはならない。
人気の出る人は、話し方そのものが人の心に刺さる人なのだ。
後は、話の中味を補強してあげればモアベターである。
心に刺さらないしゃべり手は、どんなに訓練してもよくはならない。
うまい下手ではない、それは言葉の感性である。
などと、3年間しか経験できなかった昔のDJ時代を思い出しながら、生意気を言ってしまいました。