フロムさんの大きなお世話~コミュニティFM編

コミュニティFMについてラジオプロデューサー、フロムさんが色々語っています。

ある日のツイッターから

放送局の価格について書いている。
早い話、スポットにしてもタイムにしても、基本はオープン価格という真実。


売上げ減に悩むレコード業界人の言葉。「人を見たら泥棒と思え。」やれ違法だ、著作権を守れで果たしてビジネスは継続できるか。ある人曰く。「ダウンロード可能な楽曲を適正な価格で販売しなければ、ビジネスにはならない。」ユーザーが望む適正価格こそ、レコード業界が工夫しないといけないことだ。


レコード業界だけではない。放送業界、マスコミなど、旧価格があたかも今も適正価格であると信じきっている。クライアントのために多少のダンピングはするが、定価は変わっていない。(とんでもないダンピングもあるが)とにかくまず定価表を捨てろ。価格体系を作り直せ。放送局に特に言いたい。


放送局の営業マンなんか、闇市で商売しているようなものだ。価格なんか、どうでもいいとばかりに口だけで駆引きをする。相手が金を持っているなら、定価というか実勢価格を持ち出し、放送局が望むクライアントには、信じられない価格で受注したりする。外の人が見たら、価格のルールがわからない。


放送局にとって、価格表があったとしても、それは中小代理店や初出稿クライアントの目安にすぎない。巨大な代理店に対しては、価格は代理店にハンドリングされていて、決定権などないに等しかった。その代理店が例えばラジオというメディアをケアしなくなった時、価格表の矛盾は露呈する。


放送局にとって価格表は、ある意味局自体の価値を推測させるものだが、それ自体が適用されるものは半分以下だったろう。大手代理店が手を引いた時、価格表があまり有効でないことを局側は実感するはず。早い話、局の価格はオープン価格なのだ。定価が必要なのは役所を相手にする時だけかもしれない。




さて、コミュニティFMの適正価格とはどれぐらいか。
常識的な答えは需要曲線と供給曲線が交わったところあたりということになる。
需要がなければ、限りなく0に近いことになるが、それぞれのコミュニティFMは独自の適正価格があるはず。
それをどこまでパブリックにできるかが勝負だろう。
「これ、いくらいくらですから買ってください」よりも、「いくらだったら買ってもらえますか?」という問いかけが必要かも。
一度、適正価格について、考えてみてはいかがだろうか。
その価格を上げるために、リスナーを獲得することが必要なのは言うまでもない。